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    もはや、敵なし。~映画 座頭市~

    人間味あふれるストーリー、スタイリッシュな殺陣、迫力のアクション…そんな多彩な魅力が詰まったアクション時代劇映画『座頭市』。このサイトでは2000年台に公開された映画版『座頭市』シリーズや、原作について紹介します。盲目の侠客・市が繰り出す大迫力の抜刀術にはもはや、敵なし!

    座頭市とは

    映画『座頭市』シリーズは、2003年・2010年に製作された日本映画である。
    兇状持ちで盲目の侠客である座頭の市が、諸国を旅しながら驚異的な抜刀術で悪人と対峙するアクション映画であり、2003年公開の『座頭市』は北野武監督、2010年公開の『座頭市 THE LAST』は阪本順治監督により制作された。

    座頭市用語

    座頭

    座頭(ざとう)は、江戸期における盲人の階級の一つ。またこれより転じて按摩、鍼灸、琵琶法師などへの呼びかけとしても用いられた。今日のような社会保障制度が整備されていなかった江戸時代、幕府は障がい者保護政策として職能組合「座」(一種のギルド)を基に障がい者に対し排他的かつ独占的職種を容認することで、障害者の経済的自立を図ろうとした。

    由来 - 当道座

    元々は平曲を演奏する琵琶法師の称号として呼ばれた「検校(けんぎょう)」、「別当(べっとう)」、「勾当(こうとう)」、「座頭(ざとう)」に由来する。

    古来、琵琶法師には盲目の人々が多かったが、『平家物語』を語る職業人として鎌倉時代頃から「当道座」と言われる団体を形作るようになり、それは権威としても互助組織としても、彼らの座(組合)として機能した。その中で定められていた集団規則によれば、彼らは検校、別当、勾当、座頭の四つの位階に、細かくは73の段階に分けられていたという。これらの官位段階は、当道座に属し職分に励んで、申請して認められれば、一定の年月をおいて順次得ることができたが、大変に年月がかかり、一生かかっても検校まで進めないほどだった。金銀によって早期に官位を取得することもできた。

    江戸時代に入ると当道座は盲人団体として幕府の公認と保護を受けるようになった。この頃には平曲は次第に下火になり、それに加え地歌三味線、箏曲、胡弓等の演奏家、作曲家としてや、鍼灸、按摩が当道座の主要な職分となった。結果としてこのような盲人保護政策が、江戸時代の音楽や鍼灸医学の発展の重要な要素になったと言える。また座頭相撲など見せ物に就く者たちもいたり、元禄頃から官位昇格費用の取得を容易にするために高利の金貸しが公認されたので、悪辣な金融業者となる者もいた。

    当道に対する保護は、明治元年(1868年)に廃止されたという。

    侠客

    侠客(きょうかく)とは、強きを挫き、弱きを助ける事を旨とした「任侠を建前とした渡世人」の総称。ただ、博徒や浪人、農村の疲弊による離農者など、封建体制における無法者・ヤクザが自らの存在を正当化する場合に用いた自称でもある。

    歴史上の侠客

    基本的に侠客なる職業は歴史上存在せず、封建時代における風俗の形態の一つとして捉えるのが一般的である。

    中国の春秋時代から義侠に厚い人々がおり、施しの見返りとして恩人に対し法を破り命を果たしてでも礼を果たしていたという。戦国時代に登場した戦国四君は食客として侠客を採用し活躍したとされている。史記に「遊侠列伝」という侠客の記述が残され、また前漢を築いた劉邦も最初は侠客であったとされている。

    日本の室町時代における悪党が土地に縛られず法外者であったのに比べ、江戸幕府は宗教と住居の両面から大衆を支配している。決められた場所で決められた支配者に従い、貢納することで競争による脱落が生じずに生活が保障されるのが封建時代の特徴であり、農村経済の破綻までこのシステムが運用されていく。

    但、17世紀初期に幕府が大坂や江戸の橋や河川、主要道路を整備して都市機能を持たせる政策を打ち出した時点ではまだトップダウンだけでは無理があり、多くの牢人に労務管理としての口入業を行わせている。彼らが独自に生み出した珍奇な衣装、言動といったものが都市文化の風俗として捉えられたのが侠客である。これと同時に武士階級であっても存在価値を問われている遊民たちも独自の「風俗」を生じている。すなわち無為無禄の状態に置かれた旗本の次男以下からなる旗本奴。旗本奴に反発する庶民による町奴と謂われる者が侠客であり、19世紀の浮浪(博徒も含まれる)とは大きく意味合いは異なる。

    現象としての侠客

    これについては宮崎学が愚連隊の元祖と呼ばれた万年東一を評した説明が、最も理解しやすい。すなわち、闘争の場も「遊び」とする者たちであるホモ・ルーデンスがその精神を発露する現象である。社会的制度や圧力を前にして、友愛や恋情ではなく自己の勇気により自己保存の本能を乗り越える形である。但、この発現の過程については、ただ現象として「ある」としか説明はないため理解しづらい面が多い。万年自身は、後に作家となった安部譲二に「平気で損ができるのが任侠で、損ができないのは任侠ではない」と喝破している。

    抜刀術

    抜刀術(ばっとうじゅつ)、もしくは居合(いあい)居合術(いあいじゅつ)とは、日本刀(打刀とは限らない)を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す形、技術を中心に構成された武術である。

    居合、居合術、抜合、居相、鞘の内、抜剣などと呼ばれることもある。日本での武芸十八般では抜刀術の名で数えられている。

    もともと居合(居相)とは刀を抜く技術に限らず、座って行う技の事を指している。居合が抜刀術の意味として使われる事となったのは、多くの抜刀術(居合)の流派が座った状態での抜刀技術を重視していたためとも言われる。そのため流派によっては、居とは座っているという意味で、立って行うものは立合であると説明している場合もある。柳生流などは、居合と抜刀術を異質のものと考えている。

    刀を抜くと同時に相手に切りつける技は、古くからあり、香取神道流や立身流など古い流派でも居合術(抜刀術)は含まれているが、一般には室町時代末の林崎甚助が居合を集大成した人物と考えられている。新田宮流の伝書「所存之巻」などによると 、

    「弥和羅(やわら、柔術)と兵法(剣術)との間今一段剣術有る可しと工夫して、刀を鞘より抜くと打つとの間髪を入れざる事を仕出し、是を居合と号して三尺三寸の刀を以て、敵の九寸五分の小刀にて突く前を切止る修業也」

    とされる。同様の内容の伝書は、林崎甚助を開祖とする諸流で確認されており、無双直伝英信流の伝書「根元之巻」には

    「腰刀以三尺三寸勝九寸五分表六寸而勝之」

    と書かれており、相手と近い間合いでは不利な鞘に収まった長刀で、短刀を持った相手に如何に勝つか、という所から居合が生まれたとされている。 実際、林崎甚助を祖とする、古い形態を残すと考えられる流派、林崎新夢想流、神夢想林崎流、関口新心流などでは、間近に座した相手が小太刀や短刀で突いてくる想定を伝えている。その他の新しい流派でも、相手に胸倉、柄等を掴まれた場合の形や、帯刀はしているが、最後まで抜刀せずに対処する柔術と区別しがたい形や、逆に相手と離れた状態で抜刀し切り合う、剣術のような形が居合の形として伝えている場合もある。居合の流派が柔術の流派に併伝された場合も多い。居合の概念を、日本刀以外に用いる場合もある(分銅鎖参照)。

    居合が現代武道化したものに居合道がある。

    一般に、あるいは居合道以外の武道家ですら「居合抜き」と呼ぶことがあるが、これは長い刀を鞘から抜いてみせたり、刀を素早く抜刀し野菜や果物などを切断し、素早く納刀してみせる大道芸のことで、武術の居合から生まれた芸能である。

    居合の能力

    江戸時代から、本当に剣術に対抗できるのか、存在意義はあるのか、といった論争がある。「身に付けないよりは身に付けておいたほうが良い」と言ったものから、「居合は近間の飛び道具(のように恐ろしいもの)である」といった高い評価まで各種の論がある。しかし、剣術と居合は全くの別の物である。剣術は実際の戦闘を想定して稽古(試合等)するが、古流居合は主に座した状態から相手に襲われる時の反撃、または襲う事を想定している。居合の初撃・発剣(抜き打ち・抜き附けなど)にはかなりの速度があり伸びもあるのだが、片手打ちであるためどうしても諸手の威力には敵わない。護身用・危機回避のための技術であり、積極的に使うものではないと考える流派が多い。尚、居合の理合いには「鞘の中の勝」というものがあり、「刀を抜かずして勝つ」という意味である。修行によって磨き上げた百錬不屈の心魂をもってすれば、自然と敵を威圧できるというもの。殺人剣ではなく活人剣とすることが武道の真髄とされる。その一方で、実際に試合を行わないので実戦性を疑問視される事が多い。

    居合VS剣術として考えるより、居合のその最高度にまで高められた刀を抜くまでの体術の精妙さを以って語るべきであり、またいつ抜き斬るかのよくよく考えれば、難しい面にも対応し語らなければならない。超精密機械を創るが如き居合の練磨、その高度な術理をもって、活人剣(人を切らずに人を制する)としての日本古武道の最高峰(柔術、剣術より上)に位置するものであるとする流派もある。

    使用する道具

    日本刀、居合刀、角帯などが一般的である。一部流派では鞘付き木刀、兵児帯、袋竹刀、居合台などと呼ばれる抜き付けを直接当てる的などを使用する。

    日本刀については江戸時代から稽古用に刃引きしてある刀を使用する場合がある(流派によって異なる)。由緒ある伝世刀や有名刀工の刀は、貴重であるとして、使用しないものが多い。

    仕込み杖

    仕込み杖は、隠し武器(暗器)の一種。広義では日本刀にも分類される。

    様々な理由により刀剣を剥き出しで携行できない場合に護身用や暗殺用途に用いるために製作される武具であり、「仕込」と呼ばれるだけあり、外見からは刀と分からないように偽装されている。その多くは扇子や煙管、杖などの日用品に偽装してある場合が多い。特に、日用品に偽装したものは、大っぴらに武器を持つ事ができないが武装の必要性のある町人が護身用として持っていたようである。その中でも時代劇『座頭市』の主人公・市の得物である仕込み杖は有名である。欧州でも中世頃からソードケイン(Sword-Cane.剣杖(CaneSword とも)と呼ばれる同じ用途のものが存在する。

    暗殺用具として用いられたものの他に、近代になって市民社会が発達し、たとえ貴族であっても刀剣を公然と携行することができなくなると、護身用具として杖や傘などの「通常携行していても違和感のない日用品」に偽装、もしくは刀身を内蔵した刀剣類が所持されるようになった(これは後に拳銃の発達によって廃れてゆく)。日本では、明治時代に廃刀令が発布されると、士族階級に刀を仕込んだ杖を所持、携行することが流行した。その後、明治政府によって「刀剣を内蔵した杖」にも禁止令が発布され、現在は銃刀法によって「仕込み刀として製作された刀剣の拵え(外装)」に刀身を内蔵させたものは所持及び所有が禁止されている。

    このため、現代の日本において“仕込み刀の拵え”を所有する場合には、拵えに刀身を組み込んではならない。また、たとえ拵えに刀身を組み込んでいなくとも、拵えと刀身を同じ刀袋や刀箱、刀剣運搬用の鞄等に入れて保管、もしくは持ち運ぶことは「仕込み刀の所持及び所有」に準じた行為と見なされることがあるため、これも避けるべきである。

    刀身及び外装形状

    仕込み刀の刀身は反りのない直刀刀身や短寸の短刀など、形状が単純、もしくはサイズが小さく隠し易いものが多い。また、刀の刀身ではなく槍の槍身や太針(スパイク)が隠されている場合もある。

    また、一般的な日本刀(打刀や太刀)や十手などの柄に小さな刀身を仕込み二段構えの武器としたものもある。変わったところでは、一見通常の日本刀でありながら、柄の側に短刀の刀身が仕込んである(“柄”は実は「鞘」であり、“鞘”の方が使用時の「柄」になる)「仕込打刀」、外見は通常の大刀と同じか多少長いものだが、刀身は二尺未満と脇差と同じ程度の長さしかなく、鞘の先端がもう一つの鞘となっていて短寸の短刀や三角槍が仕込んである「二重刀(ふたえがたな、にじゅうとう)」といったものも存在する。これらは相手の不意を突くことを念頭においた、奇襲・暗殺用の特殊武器として制作されたと考えられている。

    実用ではなく装飾品としての機能を追求したものには、反りのある刀身に合わせて流木や木や竹の長根に模した外装を持つ、工芸品としても高い価値のあ る品も存在する。明治期に製作されたものは、節竹や樹皮を模した、もしくは実際にそれらを使用した外観に仕立てられたものが数多く製作された。映画『座頭市』で使用された小道具としての「仕込み杖」は、仕込み刀としての最大公約数的イメージに該当するデザインとなっている。

    海外における仕込み刀剣のバリエーションは多岐に渡り、雨傘に 偽装した仕込み刀も存在する(外装部は通常の雨傘としての機能も持っている)。しかし、仕込み傘を始めとして西洋の仕込み刀剣の刀身はブレード状ではな く、突き専用のロング・ニードル・タイプが使用されることが多い。これは単に杖に刀身を仕込むには、スペースの問題からニードルの方がふさわしいという製 造上の選択理由であると共に、暗殺武器として用いるには斬り合いを演じることは通常は想定しない、という実用上の問題でもあった。日本と同じく、実用では なく装飾品としての機能を追求した、工芸品としても高い価値のある品も数多く制作された。

    日本国内では過去、身近な日用品に短いナイフやスパイクを仕込んだ「仕込みボールペン」や「仕込みクレジット・カード」「仕込口紅」等の品もナイフ市場の流通経路に存在していたが、どれもデザイン先行の品で実用性は皆無に等しいものが多く、「ジョークグッズ」に近い位置付けの品であった。これらは、現在はごく一部店舗でのみ扱っている程度しか確認されていない。

    なお、日本国内において刃渡り6cm以上の刃物を正当なる理由(「護身用途」は“正当なる理由”とは見なされない)なく携帯することは、銃刀法により禁じられている。刃渡り6cm以下のものでも、前述の「仕込みボールペン」や「仕込み口紅」等、明らかに「刃物を偽装して携帯するため」に作られている品については、携行することの正当性が認められない場合も多いため、これらの品を携帯、携行することは避けるべきである

    模擬刀としての仕込み刀

    仕込み刀は映像作品等で有名であるためか、コスプレの小道具用やコレクション用として模擬刀剣の1ジャンルとしても人気があり、時代劇『座頭市』の作中で用いられた小道具のレプリカ品を初めとして、各種の仕込み杖や仕込み刀の模擬刀が販売されている。

    和杖に細身の刀身が内蔵されているオーソドックスな仕込み杖の他にも、西洋ステッキを模した外装のもの、洋傘や和傘の柄に仕込まれたもの、竹箒やデッキブラシ、モップ等の外装に仕込まれているものまで、実物の仕込み刀剣に匹敵する各種の仕込み刀が商品として存在する。

    刀身が模擬刀剣の場合は銃刀法による「変装銃砲刀剣類」とは見なされないため、仕込み刀の拵えと刀身が結合されていても「所持及び所有の禁止」の対象には当たらないが、模擬刀剣であっても銃刀法によって正当な理由のない携帯は禁止されているため、これらの品を剥き出し、もしくはすぐに取り出せる状態で携帯、携行してはならない。

    現存する仕込み刀剣


    この他、仕込み刀は戦前、特に明治初期に多く製作されたため、これらの著名な品の他にも現存しているものは数多く存在している。刀剣店にて販売されていることも珍しくはなく、特別な手続きなく購入は可能であるが、前述のように拵えに刀身を組み込んで「仕込み刀」として所持することは違法のため、刀身と外装は分割した状態でのみ販売、購入、及び搬送と保管がなされなければならない。